「二宮町に思う~その1」
二宮町と言えば吾妻山。
太平洋、伊豆箱根、富士山、丹沢山嶺、から三浦半島まで大パノラマ絶景はまるで宇宙庭園だ。
1万数千年前から人々がこの地を選んで住んでいたという。縄文時代よりも前だ。
故郷の歴史に恥じない未来を導くまちづくりをしたいと思う。
吾妻山の大開発計画に反対する住民運動から他薦で女性候補者を議会に送る市民運動の議員が生まれ、ごみ処理場問題等で市民運動の女性議員が3人いた時期もあって小さな町レベルでは珍しい動きだった。
二宮町では複合型(図書館プラス500人収容ホール)生涯学習センターが2000年に開館。こども用図書コーナー等充実して当時は夢のような施設だった。
ホール建設に向けて二宮演奏家協会とオーケストララディアントが町内の音楽家と愛好家が繋がり立ち上がったことも特筆すべき歴史だ。
確か建設前にはテーマごとに住民協議会が持たれ国内先進施設の視察も住民、議員も入って活発な議論がされたと聴いている。
伝統の地域の子ども会が繋がる子ども会育成会主催の毎夏のキャンプ、子どもたちに本物のアートをという保護者が繋がる「平塚子ども劇場」等団塊世代のボトムアップで非常に活発な故郷のDNA の系譜と思われる。
ボトムアップの磯のような動きは東大果樹園跡地を活かしてこどもの自然遊びを企画する幼稚園教諭OBを中心とした団体の動きから新しい子育て世代にターボ回転的に広まった。
戦後80年で失われ続けた子どもたちの里山遊び。おそらく昭和生まれの私たちが最後の世代だ。
メダカの学校は川のなか🎶 カエルガ鳴くから帰ろ🎶という原型の故郷の景色がリアルに記憶にある世代だ。
もっと上の世代はさらにダイナミックな(葛川に山で切り出した竹で作った筏を浮かべて遊んだと一色の「ふるさとの家」管理されている団体の方から伺った)もっと上は葛川で泳いだ。
私の議員になって最初の質問は「心と体がひとつになって夢中で遊ぶ子ども時代を取り戻す」事を訴えた内容だった。
自然だけが人間にプラスのパワーを与えると確信していたからだ。